我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、古代から紡ぐ本当の日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、何とかしなければと想います。珠玉の武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが舞い降りて来てくれました。天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を。

里見公園 若き日の我を 愛おしむ

当ブログへの既投稿記事 「 国府台… 若き日の私の浪漫 」に ほんの僅かに目線を変えた 溢れる心情のリメイクを施してみました 若き私が過ごした 国府台 そして矢切への讃歌 「 里見公園 若き日の我を 愛おしむ 」 ご一緒に 歩を進めてみてください… 昭和五十…

小雨そぼ降る春に…

制作中の油彩 其の 一部分です とある 春の日 小雨そぼ降る 秋田にて… 追伸… 描き終えましたので アップします カンバスは F-10号 画題は “ 唐松神社 小雨そぼ降る春に…”

私の遠野物語 早池峰の瀬織津姫 そして阿弖流為よ…

早池峰山 平成二十九年 五月五日 立夏は今日あたりか はたまた 明日だったろうか… 気の向くまま一路 北へと向かう 桜は散れども奥羽の春は未だ爛漫 古の縄文の地は光に充ち満ちている 一関(いちのせき)から 奥州 平泉(ひらいずみ)を過ぎ 根っからの東北…

杖突峠の幻想に 卯月の息吹を見る…

飯田線と中央アルプス 平成二十九年 四月 四日… 伊那谷は今朝も 清涼なる空気に包まれる そして何処か 憂いを帯び 凜とした天竜川は 爽やかで優しげな 朝の佇まいを奏でている 遠く駒ヶ根の方を見れば 木曽の山々が 中央アルプスと言う敬称に相応しく 絶唱に…

我が心のシヨン城 レマン湖畔に於ける

レマン湖畔に佇む 浪漫 シヨン城… 其の佇まいに主体を置き F 10号カンバスに描いてみた あの楽しかったサヴォア家の時節 古城シヨンは 未だ未だ 真新しさに 包まれていた…

油彩 懐かしき古城シヨン 小々波と湖岸の戯れ…

描き終わった 油彩です カンバスは 敢えて F-30号 湖岸と小々波の戯れを描きました… スイス レマン湖畔に佇む 中世の古城 シヨン 湖岸に寄せ来る小々波は まるで 吐息の様… 記憶を辿りながら あの懐かしき想いに 耽りたく…

中世の古城シヨン あの感慨に耽りたく…

此度は遊び心で 海外の景勝地を絵にしてみた 所要時間は一時間ちょっと… モチーフのレマン湖は 琵琶湖よりもほんの少しだけ小さな 三日月型の湖… 湖畔には中世の古城シヨンが 何時までも色褪せること無く 浪漫な姿で佇む… 十三、四のときに一度 油彩で描いた…

松代 情景

鉛筆画 松代情景… 畝の向こうに 皆神( みなかみ )と 尼巖( あまかざり )… 本当の日本へ 穏やかで 優しき 古代縄文の日々へ… 想い巡らす とき…

紫陽花からのメッセージ (鉛筆画)

紫陽花 紫陽花からの メッセージ 幾つもの 色あるゆえの 移り気か… ひっそりと 力強く…

春 信州 青木湖にて…

信州 青木湖 水和みても 白馬の姿 移ろいて いつも寄り添う 仁科の湖水 どこか悲しく 澄み渡る… かつて 私は糸魚川から 左手に頚城の山々を眺めながら 白馬(はくば)に逢いに行くのが 好きだった あの突然 真正面に現れる 真白き巨大な水晶 白馬岳(しろう…

唐松神社 小雨そぼ降る春に…

此の話は 昨春 秋田でのこと… かつて 十三湖を目指し 西洋やシナイ半島から寄せ来た 渡来の風… 黄金の國への焦がれは 甚だ激しく 然し すめらみことの恩を忘れ 宇宙的生き方を自ら捨て去った アトランティスの民… アーリア人と其の亜種たち 程では無いにしろ…

浜辺の歌と椰子の実 波打ち際の情景に寄せて…

ゆうべ浜辺を もとおれば 昔の人ぞ 忍ばるる 日本の國の唱歌… 此の國の宝物は 何と 清涼で素敵なことか… 幾多の無償の愛に身を委ねた あの日 幼子の… 掛け替えのない安堵な日々は 心に焼き付き 色褪せることは無い 然も 此の國の情景の 何と穏やかに 美しく…

ゴンドラの唄 いのち短し恋せよ少女…

ゴンドラに揺られながら ゆったりと… 辺りを眺めて行きたい 今 眼に映る かけがえのない情景や 人々の笑顔や 笑い声や 楽しげな様子が とても美しく… 子供たちよ 無垢であれ 幸せであれ… そして 女性たちよ いつまでも優しく 艶やかであれ… 時折心の奥に憩う…

拝啓うら若き兄 幸末永く そして異人の兄よ さよなら…

もうすぐ桜の節… あとひと月もしたならば 私たち日本人のこころの花が 辺り一面を埋め尽くす喜びに… 平成二十九年 四月十五日 靖国神社と千鳥ヶ淵を右手に そして東京駅を左手に遣り過ごし 歴史ある帝国ホテルで執り行われた 君の拘りの挙式… その晴れの姿は…

昭和十九年 今いる友に捧ぐ そして後世の日本人へ捧ぐ…

敷島の 大和ごゝろを 人問わば 朝日に匂う 山桜花 昭和十九年十月二十五日は 今生に於ける 僕らの別れでした 予科練甲飛十期の友たち 其れに近頃知り合ったばかりの友たち 永峰くん そして大黒くん… 今 目の前にいる 大西瀧治郎中将の 労いの言葉が 僕の腑(…

拝啓 宮沢賢治さま…

親愛なる 宮沢賢治 さま… あなたは “ 銀河鉄道の夜 ” を 綴られました 法華経と言う 大いなる すめらみことの世のものがたりが 根本にある為か… 読むのにひと苦労された方々も さぞ多かったことでしょう でも あなたは 法華経のみならず 聖書とは何かについ…

スターダスト 昭和の或る日曜日の夕方…

日曜日の夕方 子供達は消えた 大人達も辺りを伺いながら いつの間にか消えた そして私も 自宅のテレビの前に 皆んな 消えた… 子供時分の事なので 詳細は余り覚えていない 双子のデュオ「 ザ・ピーナッツ 」の 妹さんが亡くなられたと知ったとき 未だ七十代半…

昔日のあんずの里に想いを馳せ 縄文の世を散策す…

もう 大分前のこと 二十年以上になるだろうか… 信濃平野から里山へと続く 緩やかで穏やかな斜面 あんずの里 この見晴らしの良い畑作地帯を 数日掛けて散策したことがあった 勿論 この辺りに 宿泊施設が今ほど多くは無い時代 やっと取れた宿に三連泊をし 色々…

けんじさんのあるきかた にみる…

宮沢賢治 日本人の心の中の文豪 ひとの想いを見詰め続けた宮沢賢治とは 心優しき浪漫びと… その 彼にとっての日頃 所謂 宮沢賢治にとってのサハー(娑婆)世界に ほんの少しだけ 眼を向けてみては如何でしょうか… 宮沢賢治とは優しく思い遣りがあり そして勤…

道北遥かなり 若き日の妻へ捧ぐ…

サロベツ原野大沼にて 美恵子 記事が 津軽海峡を渡ります 私は若い頃 真新しいものや自ら行かなければ手の届か ないものが 無性に好きでした 所謂 好奇心が人一倍旺盛ではなかったかと 想います 何につけても 実際に自分の目で直に見たいと言う願望 が強く …

紫陽花からのメッセージ…

私には 今年十九になる娘がいる 彼女は 私が四十一歳の時 我が家に降りて来てくれた 当たり前なことだが それは可愛いもの… 私は中々出来の悪い父親の様で 気持ちが急くばかり 気の利いた言葉のひとつどころか 余計な言葉さえも 掛けてやってなどいない 娘に…

本当の日本を未来へ伝える その壱…

日本にまつわる古くからの 様々な出来事を考えた 時に 何とも摩訶不思議な気持ちにならざるを得ない 比較的分かり易い中世以降の歴史でさえも 様々な為政者の思惑が入り交じり 本当の歴史は甚だ 分かりづらい 況してやそれ以前の事柄ともなれば 幾重にも様々…

我がふるさと馬籠はいづこ 優しき恵那よいつか帰らむ…

中山道馬籠宿から望む 恵那山 私が生まれ育ったところには 明治時代のものは勿論の こと 大正の風物詩が沢山ありました ふと周りを見渡せば 其処は 小中規模な街場に近い 農村と言うだけでも無く 辺り一面には果樹畑や桑畑が 数多く広がっていた様に 記憶し…

心和む情景に 言ふことなし…

八代町の風景 遠くには南アルプス 過日 綴らせて頂きました 「 甲斐の国が奏でる郷愁とは 織り成す浪漫とは… 」 を 散文の詩に認めてみました 自分の中にある 様々なイメージや 潜在的な焦がれなど 其れらを織り交ぜながら 自らの愛おしいものたちに ついつ…

木洩れ陽… 塩沢湖畔に於ける

塩沢湖畔にて 昨年師走 二十六日のブログ記事 「 軽井沢浪漫… 街の彩と 塩沢湖畔に於ける木洩れ陽に想う 」を 短めに綴ってみました 所謂 散文の詩です 一緒に散策頂ければと想います… 近頃 木立の中を歩くなどは とても特別なこと… わざわざ何処かに出掛け…

甲斐の国が奏でる郷愁とは 織り成す浪漫とは…

八代町から望む甲府盆地 遠くに南アルプス白根三山 甲斐の里 甲府盆地は広い 気持ちが良いほどに広がる 加えて言うならば盆地と言うには余りに 遥かな空間を有していることも事実である 周りには沢山の高いピラミッドや 数多のオベリスクや 磐座(いわくら)…

長岡郷 熱田神社に捧ぐ… チンチン電車 あのまったりとしたときを 忘れ無い

長岡郷 熱田神社の南脇を通り 国道四号線の架橋へと向かう電車 チンチン電車をご存知でしょうか… あの路面電車のことを親しみを込め そう呼びます 国鉄の東北本線開通(開業)から 遅れること 二十一年 自分の祖父母が未だ若い時分の 明治四十一年から 所謂 …

倭(やまと)の風に身を託す 著名と無名が引き立て合う 大原の里とは…

京都 大原の里 被写体としての此の景色を 何の変哲も無いと想い 更々 気に留めることも無く 遣り過ごしてしまうのか 玄人を唸らせるほどの 秘めたる魅力有るものと 認識 するのか 二者択一であろう… 中庸だと言ったなら そのひとは 余程の変人か はたまた上…

夢路に辿るは里の家路…五歳の少年の目に映ったもの

映画 ビルマの竪琴 空気が躍動し光り輝いていた 昭和と言う時代 その中でも特に希望に満ち溢れ 互いが当たり前に支え 合った 三十年代の最中… 然も皆んなが 大東亜戦争の悲しみを乗り越え 前だけを見て 振り返ること無く歩いていた 束の間の とき だからこそ…

法華経の聖地 七面山にて想う 日本と言う いにしえの敷島とは…

七面山から望む 御来光 どうしたことか 此の度は… 弘法大師が大陸から持ち帰った 密教と 日蓮上人が広宣流布に命を賭した 法華経に 真正面から触れてみたく 想いました これは飽くまで 私の想うところではありますが 悠久の中国大陸に於ける名だたる僧侶たち…