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我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、日本人として 何とかしなければと想います。武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが降りて来てくれました。その天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を未来へ紡ぐ。

けんじさんのあるきかた にみる…

宮沢賢治 日本人の心の中の文豪 ひとの想いを見詰め続けた宮沢賢治とは 心優しき浪漫びと… その 彼にとっての日頃 所謂 宮沢賢治にとってのサハー(娑婆)世界に ほんの少しだけ 眼を向けてみては如何でしょうか… 宮沢賢治とは優しく思い遣りがあり そして勤…

道北遥かなり 若き日の妻へ捧ぐ…

サロベツ原野大沼にて 美恵子 記事が 津軽海峡を渡ります 私は若い頃 真新しいものや自ら行かなければ手の届か ないものが 無性に好きでした 所謂 好奇心が人一倍旺盛ではなかったかと 想います 何につけても 実際に自分の目で直に見たいと言う願望 が強く …

紫陽花からのメッセージ…

私には 今年十九になる娘がいる 彼女は 私が四十一歳の時 我が家に降りて来てくれた 当たり前なことだが それは可愛いもの… 私は中々出来の悪い父親の様で 気持ちが急くばかり 気の利いた言葉のひとつどころか 余計な言葉さえも 掛けてやってなど いない 娘…

本当の日本を未来へ伝える その壱…

日本にまつわる古くからの 様々な出来事を考えた 時に 何とも摩訶不思議な気持ちにならざるを得ない 比較的分かり易い中世以降の歴史でさえも 様々な為政者の思惑が入り交じり 本当の歴史は甚だ 分かりづらい 況してやそれ以前の事柄ともなれば 幾重にも様々…

我がふるさと馬籠はいづこ 優しき恵那よいつか帰らむ…

中山道馬籠宿から望む 恵那山 私が生まれ育ったところには 明治時代のものは勿論の こと 大正の風物詩が沢山ありました ふと周りを見渡せば 其処は 小中規模な街場に近い 農村と言うだけでも無く 辺り一面には果樹畑や桑畑が 数多く広がっていた様に 記憶し…

心和む情景に 言ふことなし…

八代町の風景 遠くには南アルプス 一昨日綴らせて頂きました「 甲斐の国が奏でる郷愁と は 織り成す浪漫とは… 」を 散文詩に認めてみました 自分の中にある 様々なイメージや潜在的な焦がれなど 其れらを織り交ぜながら 自らの愛おしいものたちに ついつい微…

木洩れ陽… 塩沢湖畔に於ける

塩沢湖畔にて 昨年師走 二十六日の記事「 軽井沢浪漫… 街の彩と 塩沢湖畔に於ける 木洩れ陽に想う 」を 短めに綴って みました 所謂 散文の詩です お付き合い頂ければと 想います… 近頃 木立の中を歩くなどは とても特別なこと… わざわざ何処かに出掛けて そ…

甲斐の国が奏でる郷愁とは 織り成す浪漫とは…

八代町から望む甲府盆地 遠くに南アルプス白根三山 甲斐の里 甲府盆地は広い 気持ちが良いほどに広がる 加えて言うならば盆地と言うには余りに 遥かな空間を有していることも事実である 周りには沢山の高いピラミッドや 数多のオベリスクや 磐座(いわくら)…

長岡郷 熱田神社に捧ぐ… チンチン電車 あのまったりとしたときを 忘れ無い

長岡郷 熱田神社の脇を通り 国道四号線の架橋に向かう電車 チンチン電車を ご存知でしょうか… あの 路面電車のことを 親しみを込め そう呼びます 国鉄の東北本線開通(開業)から遅れること 二十一年 自分の祖父母が未だ若い時分の 明治四十一年から 所謂 私…

倭(やまと)の風に身を託す 著名と無名が引き立て合う 大原の里とは…

京都 大原の里 被写体としての此の景色を 何の変哲も無いと想い 更々 気に留めることも無く 遣り過ごしてしまうのか 玄人を唸らせるほどの 秘めたる魅力有るものと 認識 するのか 二者択一であろう… 中庸だと言ったなら そのひとは 余程の変人か はたまた上…

夢路に辿るは里の家路…五歳の少年の目に映ったもの

映画 ビルマの竪琴 空気が躍動し光り輝いていた 昭和と言う時代 その中でも特に希望に満ち溢れ 互いが当たり前に支え 合った 三十年代の最中… 然も皆んなが 大東亜戦争の悲しみを乗り越え 前だけを見て 振り返ること無く歩いていた 束の間の とき だからこそ…

法華経の聖地 七面山にて想う 日本と言う いにしえの敷島とは…

七面山から望む 御来光 どうしたことか 此の度は… 弘法大師が大陸から持ち帰った 密教と 日蓮上人が広宣流布に命を賭した 法華経に 真正面から触れてみたく 想いました これは飽くまで 私の想うところではありますが 悠久の中国大陸に於ける名だたる僧侶たち…

ひとの想いとは…妹よ今何してる 逢いたいね

旧 広島県産業奨励館と灯籠 私がずっと紡いで行きたいテーマのひとつに 「 人の想い 」と言うものがあります そして その「 想い 」と言う 何処迄も続くエネルギーは 甚だ大きなものであり 更に言えば 全てを具現化する根本… この時空の中での 何よりも大い…

自然と生活圏とが入り交じる融合美 独歩とともに武蔵野を見る…

武蔵野 情景 画 飽くまで 個人的な好みで言えば 私が最も好きな景色は 街場に隣接している郊外 である 河岸や丘陵地などがあれば 尚更 心焦がれる その中でも都心の郊外である武蔵野は 私の中に於いては かなり魅力的なところと言える 抑え気味に言ってしま…

倭(やまと)の浪漫よ…ノスタルジーこの美しい湖は 北信濃 野尻湖に想う

斑尾山と野尻湖 人との出逢いは 忘れ難く 時として 心の旅路と成り得る程に 魂に染み渡り 何にも代え難き 終の宝物となる様にも想える そして その忘れ難き人との出逢いには必ずや 自然や周りの風物詩が織り成す 情景のキャンバスやら 様々な気質の 多様な光…

本当の 皆んなの さいわいのために…心優しき文豪が 伝えたかったもの

「宮沢賢治と銀河鉄道の夜 皆んな忘れている だけなんだよ」の続編且つ 外伝です… この広大で深遠なる夜空を 見上げるにつけ まるで ついこの間(あいだ)存在した 遠い過去の 自分からのメッセージを携え こちらは これから必ず訪れる 遥か未来の 自身の後…

「遠野物語」から映画「河童」へ… 日本人に於ける約束とは

遠野にて 民俗学者であり作家の 柳田國男収筆「遠野物語」と 音楽家であり映画監督の 鬼才 石井竜也監督の映画作品 「河童」… この二つの作品をモチーフとして 私が今迄 ただ漠然と感じていたことに留まらず この度改めて 心の奥底で感じ切ったことを 詳細に…

風立ちぬ…この浪漫 あなたのもとへとどきませ

映画「風立ちぬ」より 大正 昭和初期と言う 激動の時代… 若者たちは 文学に詩歌に 焦がれ そして芸術に その眼を 潤ませる… 自らの魂さえも 呆れるほどに 然も謙虚に 見詰め続け いとも簡単に その答えを 心の在り方と言うものの中に 見い出すことと なる ひ…

法華経に於ける第十二品 妙法蓮華経提婆達多品によせて… 分かり易く そのエッセンスを お伝えします

この度は「 法華経 」の中の 第十二品 所謂「 妙法蓮華経提婆達多品第十二 」について 出来るだけ簡単に 然も分かり易く 私の色々な経験を踏まえつつ お伝えしたいと想います お釈迦さまが説かれた数々の教典の中で 最後に説かれた「 法華経 」と「 涅槃経 …

宮沢賢治と銀河鉄道の夜 皆んな忘れているだけなんだよ…

幼き日の 賢治と妹トシ 日本の あちこちで 宮沢賢治を語る集いやら 賢治さんを語る会 などなど いやはや 日本人に於いて 宮沢賢治を語らせたなら 右に出る者がいない人は それはもう 数多いるであろう 私は多分 違うので 少々 気遅れするところだが そこは又…

松島讃歌…或る 昭和の 忘れ難き日

仙台駅構内の仙石線 仙石線に乗って 松島へ行った 三歳の私にとって 人生初の遠出であった 海が大きいかどうか とても興味があったし それは 自分の中では この旅の最大のテーマでもあった 車窓越しに見える海は 私にとっては勿論 初めて見る海… 年齢的なも…

拝啓 兄ちゃん 母ちゃん 父ちゃん…懐かしき昭和の日々

母 兄 祖母(母の生家にて) 貧しいなりに 皆んなが寄り添い 気持ちを寄せ合い 助け合い 微力ながらも出し惜しみすること無く 相手の力になろうとして 世話をやく そして何時も 何気に互いの心情を察しながら 心配もし合い 物珍しい食べもの 美味しそうな食…

小さい秋見付けた 五十五年前の追想…

小さい秋 小さい秋 小さい秋 見付けた 小さい秋 小さい秋 小さい秋 見付けた… 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見付けた 小さい秋 小さい秋 小さい秋 見付けた… この曲が NHK「 みんなのうた 」で 新譜として発表されて間も無く 私の同級生 ひろちゃん こ…

映画少年時代に見る心の旅路 夢はつまり 想い出のあとさき…

武と進二 大東亜戦争に於ける末期 戦況の悪化に伴い 想像を絶する頻度での 米軍による本土空襲の渦の中 民間人に対する無差別殺戮の意図を 充分に 把握出来た時点で 子供たちを守るべく 学童疎開が始まった そこには 副産物であるにも関わらず 日本人の心の…

国府台から矢切に掛けての文学的浪漫と 日本人のこころ…

里見公園下の道標 千葉県市川市と松戸市を繋ぐ 松戸街道沿い一帯に広がる情景には 何故か 自らの感性ごと 引き込まれてしまう様な 妙な魅力を感じる 私にとっては そんな 表現に難い魅力に溢れ た土地柄だった様に想う 視覚的には勿論のこと 散文から飛び出…

古事記と日本の神話 それに言霊…

世界最勝のパワースポットより空を仰ぐ この世の良さを 想い出し あれこれと想いを巡らせ 心焦がし また生まれてみたいと 想う この世でしか学べないが 故に 再び生まれたいと 芯から願う時に 此度の人生での 気付きを決め 名前を決め 生まれる時を細かに設…

昭和三十ハ年 一年生の私が探し続けた本…

筆者三歳 私は 昭和三十一年に 東北地方の小さな町に生まれた 両親は 父親の職場に近い借家から 私が二歳のときに 昭和ノスタルジーの代名詞とも言える 木造一戸建ての町営住宅に引越しをした そこには里山や小高い丘 清涼なる水が流れる幾つもの小川 なだら…

残された心 と インザムード

私が そのミュージックテープを購入したのは 1,979年だったろうか 私にとっては印象に深い楽曲が沢山収められた 市販のカセットテープがあった 然もそれは ほんの束の間の販売だった様に記憶する 作詞作曲は来生姉弟のものが多く 詩と旋律のバランスに於いて…

軽井沢浪漫…街の彩と塩沢湖畔に於ける木洩れ陽に想う

軽井沢を文字に綴ろうにも その試みは困難を極め 簡単に扉を開いてはくれない 少なくとも私にはその様である 色で表そうと想っても 人も建物もそして自然も その境目がはっきりしないほどに あらゆるものたちが 絶妙に融合していると言わざるを得ない それ自…

もう直ぐ六十の僕から五十八歳の君へ贈る 或る物語り

よっちゃん 今頃何してるかな そう言えば もう五十八歳だっけね ひと口に想い出なんて言うけれど そんなに単純なものじゃないんだよ あの頃 僕は… たった一人の兄ちゃんを 突然に亡くしたばかりだったし その後 僕のところに兄弟は 終ぞ来てくれず終いだった…

さくら さくら…

桜にまつわる詩歌 散文 溢るるほどに 数多な歌 歌い継がれる 多様な名曲… ひと春の 同じ場所に限れば 満月から新月まで さえも 咲き誇ること叶わぬ 束の間の桜花たち… 終ぞ 忘れ得ぬ存在として 我々日本人の心を 掴んで離さない 儚くも凛とした花たちは 雄々…

昭和浪漫…時代の息吹について 想うこと

昭和三十年代初頭のこと… 私が生まれ そして育った 東北の地 福島県北部に於いては 地方の田舎町とは言え 単に一過性のものとは異なった 賑やかな街場が彼方此方(あちこち) にありました 何処(どこ)へ行っても地場に 独自の産業がしっかりと根付き 増し…

雪が…出羽最上地方に於ける 夢心地な郷愁

近くて遠い場所があります 距離と時間との兼ね合いにより 簡単に言ってしまえば アクセスの都合で遠く感じるものと 別にそれ程遠くも無く 行くのに手間が掛かる訳でも無いが その地を訪れることに 自らの中に辛い想い出があるとか 何か心に引っ掛かるものが…

人の道理を通した長岡藩と河合継之助 同じ時代に我が国を蝕んだ幕末の闇とは…

人としての道理を通す故の 壮絶極まりない北越戊辰戦争と 飯盛山の鬼「白虎隊士中弐番隊」の悲劇で 今尚人々の心を揺さぶる あの会津戊辰戦争… 皆様 先刻ご存知かとは想います 母成から雪崩れ込む大軍とは別に 越後方面から会津盆地を目指していた 新政府軍…

国府台…若き日の私の浪漫

半月ほど前になる 何時もの想い付きで 市川市の国府台に出掛けた 朝より夕方まで 時間の許す限りゆったりと 歩いてみたかった… 四十年前に初めて上京した折 国府台の地に居を構えたこともあり 何かと 思い入れは深い 若いなりに随分と 気に入った土地柄では…

信州浪漫日記…

当ブログ 初めての記事を 綴らせて頂きます… 私は若い頃よりの旅好きで 日本国内 色んなところへ行きました 情緒溢るる日本の 数多有る土地柄の中… 多様な魅力の信州を その時の空気感に浸りながら 降って来たものを採り 一編の詩に認めました 安曇野 馬籠宿…