国府台…若き日の私の浪漫
半月ほど前になる
何時もの想い付きで
朝より夕方まで
時間の許す限りゆったりと
歩いてみたかった…
四十年前に初めて上京した折
国府台の地に居を構えたこともあり
何かと 思い入れは深い
若いなりに随分と
気に入った土地柄ではあったが
若さゆえ…
日々の楽しみに心奪われ
今の自分が想うほどには
味わい深く満喫すること 叶わず
その意味に於いて
観るべきものを
なおざりにしてしまった想いが
存外 沢山残っている…
京成電鉄の路線バスが出てはいるが
国府台の丘陵地を
徒歩で ゆったりと 登ってみたかった
また 歩いてみたかった
市川真間を通り
比較的閑静な住宅地を眺める
京成線の踏切 昔ながらの学校
小さな神社の祠
万葉にも出て来る
今では典型的な都市河川
いにしえの真間川に掛かる小さな橋
それに 混み入った
今現在の街並に紛れてしまい
見上げても分かりづらい様だが
法華経の寺院が
丘陵地の高台手前側にあり
その参道が 市川駅辺りから真っ直ぐに
伸びている…
幅も高さも そして傾斜も豊かな
大柄な階段を登って行き
振り返ると
まるで 何処までも続く様な参道を
実感として理解することが容易である
寺社仏閣の例に漏れず
綺麗に掃除の行き届いた境内
日本人ならではの心配りと
内外面のしっかりとした美意識の高さを
今更ながら 思い知らされる
木漏れ日の中…
緑がやたら豊富で
ノスタルジックな建物ひしめく
何とも素敵な景観の
四年制大学のキャンパスを通り
市川松戸街道に出る
目の前に二十階はあろう
センスの良い 大柄なタワーが現れ
そのモダンな佇まいの
余りの立派さに驚き
忘れ掛けていた
時の流れを つくづくと感じ入る
歴史のある 女子大である…
当時の校舎もそのままに
新旧が 綺麗に融合している様でもある
そして建物の向こう側には
大いなる江戸川海岸が
丘陵地の河岸道路越しに広がっている
松戸街道を 公園へ向かって歩く
交通量はやたら多いのだが
道路は勿論のこと
歩道が良く整備されており
周りの景色を楽しみながら
ゆったりと歩くことが 苦にならない
右手には当時
国立国府台病院だった建物が現れる
戦前の落ち着いた雰囲気を醸し出す
かつての建物は 既に無くなっており
真新しく また美しく機能的な建造物に
様変わりをしていた
四十年も経てばこの時代の常
当たり前ではあろうが…
気分はまさに 浦島太郎である
幹線道路より西側
公園に向かう路へと入って行く
桜の木々が大分
年を重ね 本当に歳を重ね…
あの若かった木立をも
懐かしむ心持ちに なってしまう
あと数年過ぎたならば
そこには 見事な桜並木の回廊が
姿を現し その命を紡ぎ
皆んなの眼を癒し
心さえ穏やかに 整えてくれるだろう
おっつけ 里見公園に着く…
この地は 滝沢馬琴の著
南総里見八犬伝の舞台である
小さな公園ではあるが
大きさでは語り尽くせない
不思議な奥行きが この地にはある
昔から そうだった…
南総里見氏が治めていた
その謂れを 前面に出すことは無い
しかし 花の絨毯と噴水広場から
なだらかに登れば 至る所に石垣があり
飽くまで城址であることを
しみじみ気付かされる…
普段の顔は
人々の憩いの場として
四季を通しての花の回廊として
様々な役割を果たしている
雰囲気はと言えば
予てよりそうであったが
二人で訪れても 家族で連れ立っても
勿論 一人で ゆったり時を刻むにしても
何ら違和感の無い
素敵な雰囲気に満ち溢れている
里見氏が治めていた いにしえの時
その空気の流れが淀み無く 恐らくは
ここ国府台の地が
民に穏やかなところであったことを
伺い知ることが出来る
然も当時のその優しき波動が
時空を遡り 偲ばれる様でもある
そして しっかりと
正に今このとき いにしえの地を踏み
しめながら歩いた
里見家所縁の沢山の人々がおり
賑やかにそして忙しく 動き回っていた
歓迎してくれているのか
忙しい想いをさせて 甚だ申し訳無い…
川の向こうに東京の下町が広がる
高さ六百数十メートルの
すぐそこに佇んでいる
昭和五十年代初頭には
想像すら出来なかった未来図が
目の前に広がっている
穏やかな時間が流れる…
かつての国府台城の佇まいさえ
容易に目の前に描けてしまうのが
何とも懐かしく…
皆んなの嬉しそうな表情もまた
時空の中に 確と浮かび上がって来る
木々の中 まったりと高台を降り
薔薇園を眺めながら暫しくつろぐ
このベンチに腰を下ろす時
本当に 単細胞な自分が可笑しくなる
何時も或るひとつのことを想い
それを見詰め…
そして眼を閉じる…
四十年前この
国府台の地を訪れ 暮らした
大好きなこの公園で
たっぷりとした時間を数多頂いた
上京して早々には桜の節
少し過ぎれば藤棚の花が
驚くほどに満開だった あの嬉しさ
何時も巡る想いは
お決まりの 穏やかな絵巻で…
そして最後は決まって うつらうつら
そう 決まって うつらうつら…
若い頃の様にとは言え
随分と立派になったベンチに
腰を下ろし
当時のこの辺りの
かの風景を…
ず〜っと想い巡らしました
胸が熱く…
もうすぐ 藤の花が満開に
目を閉じ
うつら うつら…
若き日の我を 愛おしむ
国府台に於ける
若き日の私の浪漫 より…