我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、日本人として 何とかしなければと想います。武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが降りて来てくれました。その天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を未来へ紡ぐ。

国府台から矢切に掛けての文学的浪漫と 日本人のこころ…

f:id:toshi-kuma25317:20170114183520j:image                                                             里見公園下の道標

 

千葉県市川市松戸市を繋ぐ

松戸街道沿い一帯に広がる情景には

 

何故か 自らの感性ごと

引き込まれてしまう様な 妙な魅力を感じる

 

私にとっては そんな 表現に難い魅力に溢れ

た土地柄だった様に想う

 

 

視覚的には勿論のこと

散文から飛び出して来たかの様な

 

何か目には見え無いものへの焦がれなのか 

私の中の心情に於いては 何時もそうだった

 

 

市川市街から なだらかな勾配を登り

国府台と上矢切 中矢切周辺を 散策する

 

その変化に富んだ丘陵地を満喫しながら

それらを 主なモチーフとして見たときに

 

遠くまで広がる 見晴らしの良さが醸し出す

彩の寂し気な 儚き情景や郷愁…

 

向こう側が見えそうで見えないほどに

遠く広がる畑 それに原っぱ…

 

ミレーの晩鐘で著名な「アンジェラスの鐘」

の如き 人の心に訴える様な 遥かな哀愁さえ漂う

 

 

手の届きそうな 小高い雑木林などは 最早

言うに及ばず

 

里見公園下の江戸川沿い それに

独特な雰囲気の河岸道

 

憂いを帯びた 対岸の遠い眺望や静けさ

 

都市部近郊の生活圏と 周りの自然との

入り交じる融合美が

 

その辺りに有りそうで おいそれとは出逢え無い

何にも例え難い 魅力に溢れている…

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20170114183617j:image                                                                    矢切の畑にて

 

 

この辺り一帯の情景に 更に一歩踏み込んで

想いを馳せれば

 

芸術的 且つ文学的な趣が 如何にしても

自らの感性を 強く刺激してしまい

 

然も 止むことは無い…

 

 

下矢切まで 範囲を広げて見たときに

 

伊藤左千夫の小説「野菊の墓」にみる

日本人の切なる心情 と言うものについて

 

市川市から松戸市に向かう一帯の全体的な

風物詩 そして空気感は勿論のこと

 

かつて 若き私が見ていた その情景を

出来るだけ 全体的に捉えながらも

 

細かで情緒的な部分をも 織り交ぜながら

味わおうとしたときに

 

大正浪漫以前の 私小説の一場面までをも

想像するに 難く無い…

 

 

明治の終わり

雑誌「ホトトギス」に発表された

伊藤左千夫の小説 「野菊の墓

 

あの染み渡る様な 甘ずっぱい様な

何とも言えない儚さが 

日本人の優しさと もののあはれを呼び起こす

 

更には 自然の中の優し気なもの達からの

日本人の真心を綴ったメッセージともなる

 

そして その記憶は しばし 消えることが無い

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20170114183819j:image                                                                   野菊の墓 風景

 


私が 若かりし頃 上京し

初めて住んだ 千葉県市川市の国府台

 

そこから松戸市に向かい

上矢切 中矢切 下矢切と続くこの辺り一帯は

全体を称して 矢切と言うのだが

 

人々の生活圏の直ぐ側に位置していながら

自然の織り成す様々な造形や変化が多様に

存在する

 

 

元来の地形が織り成す綾 なのだろうか

嫌が上にも 想像力を掻き立てられる…

 

広がりのある江戸川には 桟橋があり

どこまでも浪漫チックな郷愁に 誘われる

 

延々と続く様な 遥かな河岸

気が付けば 向かいの東京が ひどく遠い

 

 

国府台には色々な学校があり 

若者も多かった


南総里見氏所縁の 里見公園があり

老若男女が気軽に 足を運んだ

 

わざわざ出掛けても そこに価値を見出す人々も

多かった

 

 

そんな中 私は公園のすぐ近くに

住んでいたことも手伝い

 

人が少ない時などは 思い付いたら直ぐに

何時でも行くことが出来たし また好んで行った

 

 

在り来たりな言い方だが 木々が多く

そこいら中 緑一色

 

広葉樹が多いので 四季の移ろいも 趣深く味わ

うことが出来た

 

矢切方面にも時折 足を運ぶ…

 

 

明治 大正 昭和の初めの雰囲気を

彷彿させる 様々な意味に於いての彩を

味わいながら…

 

兎に角 余韻に浸った

 

当時はそれで 終わり

それが 全てだった…

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20170114183907j:image                                                     矢切の渡し 渡し場付近

 

 

昨年 ひょんなことで 機会があり

この辺りを 尋ね歩くことが出来た

 

年甲斐も無く 嬉しくて胸が高鳴った 

 

しかし それと同時に

何とも切なく 遣る瀬無い郷愁に

襲われたことは 紛れも無い事実である

 

 

目の前の情景がそうさせるのか

いや違う それだけではあるまい…

 

あの時からの 時空を超えた

私自身の想いが そうさせたのだと想う

 

 

矢切には当時 結核患者さんの為の

療養施設があり 今想えば…

 

空気が綺麗で 患者さんの心を癒せる様な

景色と雰囲気

 

それに「人を癒すのに相応しい気」が多分に

あったのだろう

 

そう 想える…

 

 

当時を 世相で語るとすれば

 

荒井由実の初期の楽曲「ひこうき雲」が

ちょうど売れ始まった時期で ラジオでよく流

ていた

 

特に深夜などは その儚げな曲調が似合っていた

 

それらは まるで

宮崎駿監督の浪漫作「風立ちぬ」の様…

 

勿論 当時は 今から四十年以上も前


そんな発想など ある筈もない…

 

 

本当に風情のあるところに

住まわせて貰っていたのだと 今更ながら


深き感慨に 浸らざるを得なかった…

 

国府台城跡の里見公園が

滝沢馬琴 著「南総里見八犬伝」の舞台とすれば

 

松戸寄りの 下矢切は…

伊藤左千夫の私小説とも言える「野菊の墓」に

於ける

政夫と民子の別れの舞台

 

矢張り この一帯は 文学所縁の土地柄なのであろうか

 

 

 f:id:toshi-kuma25317:20170114184002j:image                                             滝沢馬琴 南総里見八犬伝

f:id:toshi-kuma25317:20170114184032j:image                                              伊藤左千夫 野菊の墓文学碑

 


政夫と民子はここ 「矢切の渡し」で

今生の別れとなる…


あの夏目漱石が 絶賛したと言う

野菊の墓

 

左千夫にとっては

小説としての 処女作でもあった

 


何気に…

政夫と民子は 今は共に

 

幸せなのかも 知れない…

 

 

 

                   国府台と矢切 その文学的浪漫に見る

                                            日本人のこころ より…

 

 

  

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