我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、日本人として 何とかしなければと想います。武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが降りて来てくれました。その天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を未来へ紡ぐ。

本当の 皆んなの さいわいのために…心優しき文豪が 伝えたかったもの

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宮沢賢治銀河鉄道の夜 皆んな忘れている

だけなんだよ」の続編且つ 外伝です…

 

 

この広大で深遠なる夜空を 見上げるにつけ

まるで ついこの間(あいだ)存在した 遠い過去の

自分からのメッセージを携え

 

こちらは これから必ず訪れる 遥か未来の

自身の後ろ姿を探し そして頼もしく追いかけ

いつの間にやら 夢心地な気分にさえなって仕舞います

 

また わくわくする様な 本当の自分を

未来の自身に投影しながら ついつい愛おしん

仕舞う 今の自分は…

 

近未来のみならず何処迄も続く 未来からの招待状を

ひどく 心待ちにしている様でもあります

 

日本人には

宮沢賢治を語らせたなら自分の右に出る者はいない

と言う人たちが 多い様に想います

 

それ程迄に彼の人柄に想いを寄せ

増してや 共感するからでありましょう

 

恐らくは賢治の童話の意味や宗教観に

心ときめく と言うよりも

 

彼の人生観や優しさと言った人となりに

惹かれるのでは ないでしょうか

 

手帳の走り書き「アメニモマケズ」が

余りにも 日本人の心情に寄り添う余りに

 

律儀な余韻を清涼に残した 反響も

時空を超え今尚 大きいのだと想います

 

彼の言う 「本当のさいわい」とは…

胸踊る想いが何処からか 急ぎ足でやって来ます

 

 

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『 午後の授業で天の川について

先生から質問をされた ジョパンニは

答えを知りつつ 答えることが出来無い

 

次に指されたカムパネルラも 答えられない

家計を助ける為に始めた活版所でのアルバイ

を終え 家に帰ると配達されていない牛乳 

 

そして星祭りの夜のこと…

ケンタウル祭の夜を経て 天気輪の柱の丘で

ジョパンニは一人寂しく孤独を噛み締め 星空へ

と想いを馳せる

 

突然のアナウンスと共に 目の前が強い光に包まれる

気がつくと彼は 銀河鉄道に乗っていた

見るとカムパネルラもいる

 

ジョパンニは 自分の持つ切符だけが

「天上どこ迄も行くことが出来る 特別な切符」

である事を知る

 

ケンタウルスの村を通過するのだが

そこでは 少女達との別れの際に

「たった一人の 本当の神様」についての

宗教的な議論を交わす… 』

 

これは 宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」粗筋の

冒頭であります

 

この作品のみならず 彼の作品に共通して言える

ことは

 

作者若くして逝去の為 未定稿のまま遺されたことと

多くの造語が使われていること などがあり

依って今尚 様々な解釈が論じられている訳です

 

またこの作品から生まれた派生作品も 数多く存在

します

 

 

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銀河鉄道を旅する中…

天上と言われるサザンクロス(南十字)で

大半の客は降りて行く

 

ジョパンニとカムパネルラが残され

二人は「本当のみんなのさいわい」の為に

共に歩むことを 誓い交わす

 

しかしカムパネルラは突然 消えてしまう

 

川に落ちたザネリを救った後

カムパネルラが溺れて 行方不明になった事を

ジョパンニは 後で聞かされる

 

そして最後に…

様々な経験をしたジョパンニは 胸がいっぱいになり

 

配達されていなかった牛乳と

父の知らせを持って 母の元へ帰る 』

 

物語りの内容を極めて簡単にお伝えすると この様な

感じと なります

 

「天上どこ迄も行くことが出来る 特別な切符」

それに「たった一人の 本当の神様」

 

この部分について 賢治が何を指して 読者に伝

えようとしているのか 解からなければ

 

この物語全体が曖昧で 何を言っているのか解ら

ない 夢うつつなもので終始して仕舞います

 

その様(さま)は正に「わかるかなぁ わかんね

ぇだろうなぁ~」

容易に想像が付く感は 否めません

 

後世に於いての 様々な解釈が有ったとしても

 

法華経を終のライフワーク としていた

当の宮沢賢治自身は それ程難しくは考えてない

と言うよりも…

 

読者が理解出来ないことを 理解出来ないままに

他界してしまったのではないかと

私は 想っております

 

 

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前述した二つのキーワードが何れも「法華経

のもの」であることを

 

ほんの少しだけでも 直接的に

読者の方々に開示をしてあげれば 良かったのかも知れ

ません

 

但し 読み手に解かり易く伝えることが出来るか否かは

俗に言うところの文才のひとつ なのでしょうし

 

これについては 生まれ持ったもの なのかも知れません

 

賢治の童話から 私的(わたしてき)には 甚だ逆説的に そう想えて来る訳です…

 

心優しき文豪 宮沢賢治

大乗仏教である「法華経」を根本に置いて

 

皆んなの為に 方便を更なる方便でもって 優しく紐解き

 

物語である法華経を より解り易く 自分なりの物語で

綴ろうとしたのでは ないでしょうか…

 

そして 迷える衆生を救済しようと 努めたのではなかっ

たかと 考えます

 

これらのことを ほんの少しだけでも解った上で

この作品をお読みになると

 

今迄難解だったこの物語も 少しずつでも理解出来る様

な気がして 参ります

 

 

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余談ではありますが…

現在の暦(太陽暦)に於ける七夕は毎年 七月七日で

あります

 

旧暦(太陰暦)の場合 月の満ち欠けによって月日が

決まりますので

 

現在の暦に当てはめた時に 旧暦の七夕の日付は

毎年 変わります

 

何気に 天の川に想いを馳せながら ふと見上げれば

夜空に輝く 満点の星たち…

 

本当は 誰もが知っているのに

そこに居た記憶を ただ忘れてしまっているだけの

愛しき 遠い故郷…

 

遠い故郷である あの星たちに 願いを込める

 

本当の みんなの さいわいのために…

 

 

今年の 伝統的七夕

 

なんがつ なんにち でしょうね…

 

とても 楽しみです…

 

 

 

                        銀河鉄道の夜

                            私の心の浪漫をもって

                           皆様にお届けしたく 想いました…

 

 

 

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