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我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、日本人として 何とかしなければと想います。武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが降りて来てくれました。その天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を未来へ紡ぐ。

長岡郷 熱田神社に捧ぐ… チンチン電車 あのまったりとしたときを 忘れ無い

f:id:toshi-kuma25317:20170213134617j:image                                             長岡郷 熱田神社の脇を通り                                        国道四号線の架橋に向かう電車

 

チンチン電車を ご存知でしょうか…

あの 路面電車のことを 親しみを込め そう呼びます

 

国鉄東北本線開通(開業)から遅れること 二十一年

自分の祖父母が未だ若い時分の 明治四十一年から

所謂 私が生まれる 遥か以前から…

 

地域に密着し親しまれ また日頃の足として

老若男女を問わず 日常的に 皆が利用しました

 

私の地元に於ける人々の足は

可笑しな話ですが 徒歩と自転車と

飽くまで 路面電車が主流で ありました

 

電車路線の無いところを 路線バスが補うと言う 形が

此の辺りでは 何処の地域でも 一般的でした

 

車がどんどん普及し 車社会が加速されるにつけ

道路事情 交通事情を想う時

 

皆んなの目が どうしても 真新しく出て来たばかりの

車に向くと言う 人の世の常も相まって

 

時代の風の流れに 抗うこと無く…

 

路面電車は 未だ需要がありながらも 自ら身を引かざ

るを得ない状況に なって行ったのだと 記憶しており

ます

 

さっと乗って 小刻みにある停留所で 気兼ね無く降り

ることが出来る あの手軽さのみならず

 

乗り遅れて 次の電車までの時間を 線路沿いに歩いて

いると

 

停留所で待っていれば乗れた筈の 次の電車が 規定

以外の場所でも わざわざ止まってくれ

 

然も 親切にも乗っけて くれました

 

そしてまた この様なことは 特に珍しいことでもあり

ませんでした

 

真新しい車よりも 何時も 徒歩に寄り添い

ぞんざいだった当時の国鉄とは対照的に 人々の想いに

手を伸ばし 助けてくれる

 

あんな便利で 人に優しい乗り物に 私が乗れることは

これから先 もう無いと想うと

 

何やら一抹の寂しさも 湧いて来る様です

 

f:id:toshi-kuma25317:20170213134702j:image                                          昭和三十年代初頭 長岡分岐点

 

路面電車について語るとき…

長岡分岐点は矢張り チンチン電車の懐かしさの象徴と

言えます

 

私が生まれた場所は旧伊達町(現 伊達市)の中でも

阿武隈川よりも西側の 長岡郷でありました

 

この地の産土神は「熱田神社」と「南雲神社」であり

片手落ちになるとは想いましたが この度は

 

チンチン電車の線路沿いに位置する「熱田神社」に

ついて 簡単に述べさせて頂きます

 

一言で言えば 由緒正しい神社であります

 

名古屋の「熱田神宮」の分霊(わけみたま)を あの

東征の折 必勝祈願の見地から…

坂上田村麻呂が本当に 直々に この地に祀りました

 

東征を終え 私の先祖が この伊達の地に土着するに当

たり

田村麻呂から直接に 神器及び全ての治具を預けられ

この神社の全てを託された とのことでした

 

実際にも 私の一族が住む川東の地域には 東征よりも

遥か後に

独自の産土神社が祀られておりました故

 

一族の氏神たる 熱田神社の全てを 一族の長が長岡郷

の方々に治具を全て託して

現在の形に 至っております

 

所謂 「熱田神社」は 私の父方の家系に於いての代々

「戦さの守神」でも ありました

 

しかし皮肉なもので私は 元よりアテルイが 相当に

好きでした

 

人間は より深く学ぶ為に 相手の立場にも立たなけれ

ば ならないそうです

 

「やってやられて」で陰陽のワンセット

「やられてやって」でまた 陰陽のワンセットです

 

様々な学びの中で 真実はそうでは無いかも知れないと

想った瞬間も 些かありましたが

 

此の陰陽の過程を踏まなければ 本当の意味での魂の糧

にはなり得ない と言うことだと 想います

 

上手いことを言っている様に どうしても想われがちに

なりましょうが

決して 適当なことを言っている訳では 無いのです

 

 f:id:toshi-kuma25317:20170213135243j:image                                                        伊達長岡郷 熱田神社

 

この世に生まれると言うことは 増してや再生すると

言う意味に於いては

誰しもが ひとつの役柄を 演じます

 

役割と言うよりは 矢張り役柄と言った方が 直接的で

腑に落ちることと 想います

 

所謂 自分も相手も所詮 キャストです

唯一  自らの選択肢 として 存在するものは…

 

前回やられて今回はやる側の 役柄(役回り)のときに

 

やり返しても陰陽のワンセット やり返さない選択をし

ても

陰陽のワンセットと言う 理(ことわり)で あります

 

そして 自分次第で 何方(どちら)の選択も 可能と

言えます

 

役回りなのですから 特にやり返したとしても

ノーペナルティですから

 

甚だ 煩悩の刺激される部分とは なりましょうが…

 

しかし 果たして そうなのでしょうか…

やり返さない選択をした場合には 自らの意思でお互い

を向上させたと言う 紛れも無い事実が 残ります

 

仏法で言うところの解脱(げだつ)を 局所的に 成し得

たことと なるのです

 

其処には 自分さえ納得出来れば 些かのわだかまりも

残らない筈です

 

ひとつの物事の学びをする為には 相手の立場 及び

相手の立場であった家系に生まれる と言うことがほぼ

必須であると言うことは

 

過去世に於ける相反する立場の家系 つまりは 相手の

子孫に生まれることが ある

と言うことをも 意味する訳です

 

それは決して珍しいことでは無く 魂の学びに於いては

逆にそれが 普通の様でもあります

 

そうして 魂は成長をするのでは ないでしょうか

 

 f:id:toshi-kuma25317:20170213134817j:image                                             阿武隈川 右手西側が長岡郷                                                         左手東側が伏黒 箱崎                                    向こうにはトトロの山こと 信夫山

 

我が家は私が二歳半のときに

阿武隈川東岸の箱崎という地に越しており

 

生を受けた長岡郷とは 越して以来 疎遠になっており

ました

 

当時 我が家の地域には 季節限定の施設も含め 幼稚園

が皆無でした

 

川西の長岡郷に唯一 開園したばかりのプロテスタント

教会幼稚園に 私は 通うこととなります

 

その時に 通園に利用したのが路面電車(チンチン

電車)でありました

 

毎日 柳原停留所から長岡分岐点までを 電車で往復し

ました

 

勿論 昔の子供のこと 其処は全て 自力での通園であり 

想い出しただけでも…

 

当時に吸い込まれて行く程に 懐かしさが込み上げて

参ります

  

路面電車は この長岡分岐点で 福島市街方面と飯坂温

泉 湯野方面とに 分岐をしておりました

 

想い起こせば 何時も何輌かの電車が 車庫に停まって

いたことを

ひとつの情景として なぞることが 出来そうです

 

その頃は路面電車が 道路交通の花形でしたが 

小学生になると 頻繁な利用は無くなりました

 

そして 私が中学生の時遂に チンチン電車は廃止と

なります

 

何とも 失い難き… 生活に密着した 味わいのある

乗り物であったと 今以て 想っております

 

そもそもが 不人気で廃止になったのでは無く

道路事情に配慮しての事であり

そのことが尚更 名残惜しくも 想われます…

 

もしもは無いにせよ 今も走っていたと したならば

 

例え余計に 時間が掛かろうとも

この電車が辿り着く場所であれば 私は間違い無く

 

このチンチン電車を 利用することでしょう

 

まったりとしたときを 今一度 心に焼き付けてみたい

と想うのは

 

矢張り私が 歳のせいで しょうか…

 

 

 

                   チンチン電車の走る浪漫街道 より…

                     あの まったりとしたときを 忘れ無い

 

 

 

 f:id:toshi-kuma25317:20170213135341j:image                                                     チンチン電車 車内風景

 

f:id:toshi-kuma25317:20170213135407j:image                                          昭和三十年代初頭 長岡分岐点

 

f:id:toshi-kuma25317:20170213141752j:image                                          昭和の初頭 伊達橋を走る電車