我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、古代から紡ぐ本当の日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、何とかしなければと想います。珠玉の武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが舞い降りて来てくれました。天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を。

愛しき古城シヨン 黄昏と湖岸の戯れ…

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大好きなモチーフ

 

スイス レマン湖畔に佇む

 

中世の古城 シヨン

 

 

黄昏に微睡むとき…

 

 

ふと 目をやった

 

湖岸にきらめく 波の表情が

 

 

ただ  美しく…

 

 

 

 

画題「 愛しき古城シヨン

                      黄昏と湖岸の戯れ 」

 

                         油彩   F 20号カンバス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千九百年後の 聖し夜に…

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クリスマスの夜

書き終えた物語です

 

 

聖し 十二月二十五日とは…

 

ユダヤ教の暦では

十二月二十四日の日没までが

イヴ

日没以降が 聖しクリスマスです

 

 

遥か古の

西暦が紀元となって

僅か三十数年のとき

 

未だ遠浅だった

陸奥国 八戸の海岸から

自身にとっては二度目となる

日本への「渡来」を果たし

 

少し山間に入った戸来村

稲作をしながら

誠実に穏やかに そして謙虚に暮らした

赤人(彼の場合は古代ユダヤ人)

が 居りましたが

 

名を十来太郎 大天空(とらいたろう

だいてんくう)と言いました

 

「十来」太郎  

大「天空」は その生涯を掛けて

 

弱きもの  貧しきもの

困り果て救いを求めるもの

寂しさに打ちひしがれているもの

悩めるもの  

そして生きとし生けるものたち

 

全てを愛し

 

自身が かつて

日本に暮らした 若き日に

すめらみこと様から授かりし教えを

生涯に渡り温めながら

 

愛そのものに全霊を捧げ

やがて 天へと召されたのでした

 

その日が ちょうど千九百年前

彼が百十ハ歳の 十二月二十五日…

 

十来太郎 大天空とは

そう イエス様のことです

 

真実です…

 

 

 

クリスマスとは…

 

 

エス様が かつて

日本で暮らした十ハ歳から

二十代までの数年に渡り

 

すめらみこと様と皇祖皇太神宮

から授かりし教えの 全てを

具現化する為に

 

過酷な心身の修業鍛錬をやり切り

ました

 

古来 竹内家に伝わる秘技

例えば 身を守る為の骨法など

 

後世に於いて語られる様々な

超人伝説や 奇跡の数々は 「天狗」伝説

としても

 

今尚 私たち日本人の心に

刻み付けられています

 

 

修行を終え

逞しい成人となった彼は

 

数年後 シナイ半島のある

遠き故郷 中近東へと帰りました

 

そして 人が生きると言うことが

本来どう言うことなのかを

五色人の人々に誠心誠意 説きました

 

 

然し戻った故郷では様々な

苦難に会い

遂には 両親や弟をも亡くします

 

ゴルゴダの丘で処刑されたのは

世の為 兄イエスの身代わりとなった

イスキリでした

 

そして 御両親も…

 

 

時を同じくして

故郷の中近東を出た彼は

四年から五年ほどの時を掛け

 

世界中の五色人の人々に

すめらみこと様からの教えを

伝えることに徹したのでした

 

 

その後 終の住処となる日本への

二度目の渡来を果たすのですが

 

その時 彼は

亡き両親の御神骨と共にありました

 

終生日本で暮らし

やがて六十六年に渡る

すめらみこと様への願いが叶い

 

両親の御神骨と

弟から託されし想い

そして愛するものたちと共に

 

五色人たちの魂 安らけく願う

常陸国 外宮への道を

成就するのでした

 

そして その愛に満ちた生涯は

今でも 色褪せることなど ありません

 

 

 

今生に於いての私は

紛れも無い日本人です

 

然し…

 

エス様の存在を

不自然に感じたことはありませんし

 

モーセ様の十戒

疑いを持ったこともありません

 

マホメット様の存在も

違和感無く受け入れることが

出来ますし

 

勿論 お釈迦様に対しても

何ら不思議に思うことはありません

 

孔子様と論語についても 然り

老子様に対しても…

 

何より この国には

すめらみこと様が礎となり

生き方そのものを宇宙レベルへと

繋げる

 

古代縄文の世が永く存在して

いました

 

所謂それは

神々と共に生きる世の中でも

ありました

 

 

この様なことを言えば

 

自分の色や主張を持たないのかと

問われるかも知れません

 

然し そんなことはありません

 

 

前述の聖人たちを疑う心が

どこにも無いのですから

 

それが私の偽らざる気持ちだと言う

ことです

 

 

何故なら…

 

私の中にある神様とは

宇宙の真理であり

 

宇宙の流れに乗って生きること

そのものだからです

 

 

光となって いつも直ぐそこに

いらっしゃる存在

どんな時にも 変わること無く

 

そして 私たち人間が

困った時にこそ

標べを与えて下さり寄り添い

変わらずに励まして下さるのが

 

モーセ様であり イエス様であり

マホメット様であり お釈迦様

そして 孔子様や老子様だからです

 

 

人間が宇宙の真理と繋がるには

そして宇宙とは何かを知るのには

色々な入り口があります

 

人々が携え生まれて来た課題や

生まれ育った環境により

その入り口の扉は様々な趣きに満ち

一見 辿り着く先は

多様に想えるでしょうが

 

違います

 

行き着く先は たったひとつ だからです

 

 

 

 

 

 

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今日はクリスマス

 

エス様が伝えたかったこと

人の世に紡ぎたかった聖書とは 一体

何だったのでしょうか…

 

それは 口伝の聖書でした

 

 

貧しき人々

絶望に打ちひしがれる人々

弱き人々

愛に飢える人々

 

これらの人々が希望を持って

暮らせること

 

 

色々なことが起こるのが 人生…

 

それでも

目の前にある様々な出来ごとは

勿論のこと

 

物ごとを楽しく見ると言う楽観こそが

誰しもが 自らを守る

最たるセキュリティであると言うこと

 

そして人生を楽観し生きる為に

何より それを可能にする

本当の意味での豊かな心の在り方が

肝心だと言うことです

 

愛に生きること

勿論 マクロ的な意味に於いて…

 

相手のあるがままを受け入れ

全てを赦(ゆる)すことの意味と 

その普遍性を知ること 

詰まりは それを思い出すことなのです

 

然も たったこれだけのことが

口伝で伝えられている聖書の骨子です

 

 

 

今の世の中…

 

余りにも適当な話が蔓延し

人々が迷路に迷い込み

 

皆んなを惑わせる仕組みに

つい乗ってしまい

結局 自分を見失うとか…

 

嘘が蔓延している

現実の世界にあって

 

どこに真実があるのかを追及しても

紐解くことは到底

難しいと言わざるを得ません

 

だからこそ私たち人間は

神や聖人たちからの教えに

素直に意識を傾け 温めながら

 

自分にも他人にも

そして人間以外の凡ゆるものたちに

謙虚になるべきでは ないでしょうか

 

 

今の世の中に於いて…

周りに存在するものの中から

真実を見つけると言うことは

 

さしずめ 人間のエゴが

勝手に判断をしかねない

禁断の果実 なのかも知れません

 

 

返って 自分の内面を見つめ

各々が自身を高めることの

大切さに気づき

 

周りにばかり意識を向けずに

自身の在り方にこそ

答えを見いだそうとする そのときに…

 

真理が降って来るのでは

ないでしょうか

 

 

 

遠い昔…

 

人々は すめらみこと様を中心に

 

本来の自分たちの役割や

日々の暮らしの中での過ごし方

つまりは 人間としての生き方

 

食べもののこと

エネルギーのこと

大いなる通信システムの存在

身体や心の適切なケアの仕方さえも

 

熟知しておりました

 

 

凡ゆるものに境い目を創ること無く

ものを自分のものとして所有することなど

念頭にあるはずも無く

 

そもそも食べものをはじめ

凡ゆるものが皆んなのものだと

言うことを

 

誰もが当たり前のこととして

自然に受け入れておりました

 

 

 

時が 流れ…

 

人々の心の中に

慢心やら支配欲が生まれ

況してや その考え方の癖が増大し

 

地球自体の波動が

どんどん低下してしまいました

 

 

 

必然…

 

本来の地球の在り方との間に

ひずみが生じ

ひずみが ゆがみを生み出し

 

それを是正しなければならない状況が

生じました

 

 

生命体としての地球が

自らを正常に戻そうとするとき

 

それら反動の一つとしての現象が

天変地異と言う形で表れたのです

 

 

 

そんなとき…

 

古代日本と言う

すめらみこと様を中心とした縄文の世に

住んだ

天照大御神(あまてらすおおみかみ)様

の民

月読神(つきよみのかみ)様の民

天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)様

の民 たち 

 

これら 日 月 星 所縁の

本来の日人(ひびと)は

勿論のこと…

 

古代日本以外の

地球 各地に存在した五色人たちの

中にも

 

地球人たちの荒んだ姿を憂い

 

人間としての元よりの生き方

神々と共に在る宇宙の民としての

生き方をすることの

大切さや必然性を説き

 

人々に そもそもの原点を

よく思い出してもらいながら

元よりの すめらみこと様の世に

回帰しようとする

 

救世主たちが現れました

 

 

彼らは互いに

時節を少しだけ異にすることは

ありましたが

 

地球が危うい畝りに晒されている

ときに

申し合わせた様に皆 現れました

 

モーセ様  イエス

マホメット様  お釈迦様

そして 孔子様  老子様です

 

 

慢心し切った民衆の間に

勇気を持って真理を説いた彼らは

 

神と人間とを繋ぐ

まさに 聖人でした

 

 

 

 

 

 

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聖し この夜

 

 

皆さまの幸せを 祈っております…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日人(ひびと)と五色人(ごしきじん)そしてマグダラのマリアとミユ子と…

f:id:toshi-kuma25317:20181215114220j:image                   画題「 日人と五色人                                                                そしてマグダラのマリアとミユ子と 」                                                                         油彩 F6号

 

 

戸来が丘にて想う

 

千九百十三年前

エス

妻ミユ子と共に辿った道は

 

私には…

マグダラのマリアと共に辿った

茨の道に想えて 仕方がない

 

茨の道…

 

それは上古十代のとき

常陸国に建立されし外宮へと

続く道

 

外宮とは五色人の魂 安らけく

永遠の安寧を願い

 

すめらみことの世を礎に

生き方そのものを

宇宙に繋げるものである

 

六十六年の歳月を費やし

すめらみことへの願い秘めた

こころ豊かに愛深き道のりは

 

父ヨセフ そして

母マリアの御神骨と共に

弟イスキリが託した想いをも

携えて歩む

 

現実としての身体には

過酷でありながらも

 

愛深きイエスと その妻にとっての

こころ穏やかなる 幸福への路だった

 

十三年後…

イエス・キリスト 戸来の地にて

百十ハ歳の 聖(きよ)し十二月二十五日

天へ召される

 

一説によれば

百六歳とも言われるが

 

紛れも無く

今からちょうど千九百年前の

百十ハ歳であった

 

この丘には穏やかな風が流れ

風は陽だまりと戯れながら

清々しく溶け合い

 

エスが本当に伝えたかった

ことを恰も

天使たちが 囁いている様だ

 

 

私たち人間は

そして 私たち日本人は 何故…

自分たちの ありのままの歴史を

知ろうとしないのだろうか

 

生まれるときの

神(宇宙の真理)との約束を

詰まりは 生まれる為の自己申告を

忘れることが

まま仕方のないこと だとしても

 

自分が何を求めて生まれ

日々 生きるのかを

どうして 考えないのだろうか

 

生きる為に生きている訳では

ないのだろうに…

 

目の前の無難だけを是とするならば

人として…

 

悲しいかな

自己愛に縛られ生きるのは

動物である

 

そのことさえも

魂の進化の過程であることを想えば

 

鉱物 植物 動物にとっての

至極 当たり前のこととして

捉えるべきであろう

 

私たちは人であり

人間であるべき ものを…

 

その上で いつのときも

 

皆んなの そして全ての

詰まらない境い目が 無くなるように

自身と他人の境い目 さえも…

 

物ごとを楽しく見る楽観こそ

誰しもが 自らの魂を守る

最大のセキュリティであることは勿論

 

わくわくすることを忘れずに

これからに希望を持って

生きていれたなら

 

然も 自分にも

周りに存在するもの全てに対しても

謙虚に生きて行けたなら

 

自身も周りも幸福である と…

 

 

 

 

戸来が丘より

 

そして 常陸の地より

 

愛を 込めて…

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20181215112537j:image                              画題「 戸来が丘 」 未完   油彩 F30号

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

油彩 「 レマン湖畔と古城シヨン 小々波と湖岸の戯れ 」

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今年 描き終えた

 

大好きなモチーフの 油彩です

 

 

カンバスは F30号

 

画題は「 レマン湖畔と古城シヨン

                       小々波と湖岸の戯れ 」

 

 

 

 

 

あの懐かしきサヴォア家の時節

 

 

古城シヨンは 活気に溢れ

 

 

未だ未だ 真新しさに 包まれていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20181127174350j:image                                                       鉛筆画( スケッチ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無知 とは…

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無知とか

教養が無いとか

よく耳にすることが有ります

 

 

其れは…

 

漠然と知識が無いとか

育ちが悪くマナーがなって

無いとか

 

一般的に世間受けする学歴が

無いとか

 

恐らく 私たち日本人の思考回路では

其の様に意訳されるのでは

ないでしょうか

 

 

テレビ 新聞など

表のマスメディアが報道する内容に

間違いは無いとか

況してや SNSにもガセネタは

余り存在しないとか

 

其の様に思い込んでいる日本人は

未だ未だ多数派ではないかと

私は 想います

 

 

今 私たちが住んでいる

此の日本と言う国は

そして 私たち日本人とは一体

何か…

 

 

自分たちのことは勿論

自分たちが住み 納税も怠らず

生真面目にも 唯ひたすら

義務を遵守している相手である

自らの国を

 

悲しい位に知らなさ過ぎる

私たち 日本人…

 

 

やれマスメディアのせいだ

やれGHQのせいだと

指揮系統の末端 所謂 実務部隊にのみ

目を向けさせられ

 

責任を全て末端になすり付けることの

愚かさに 気付きながら

 

自己保身の見地からか

自己責任を常に避け続けて来た

戦後日本人の弱さ

 

 

そして 戦後のどさくさに紛れて

一流に化けた日本人たちの

無能さとは…

 

 

生きることよりも大切なものを選び

英霊と成った大正生まれの青年たち

 

生きていれば

彼らは間違い無く 一流の

少なくとも其れに準ずる社会人と成り

此の国を愛していたでしょう

 

勿論 弱き者を労(いたわ)って

いたでしょう

 

 

彼ら亡き後…

 

役割があり生き残った筈の

本来なら三流 四流の輩たちが

戦後 一流に化け

 

此の国に住むだけで

日本人では無い

日本を愛さない人々と共に

利己主義を貫いて来たツケが

 

真実から目を背けると言う風潮を

日本と言う国に

定着させたのでしょうか…

 

 

 

無知とは 

 

本当の歴史を知ら無いまま

様々な判断をし 

 

さながら より良い選択をしていると

勘違いしていることではないでしょうか

 

 

 

簡潔にお伝えします

 

無知とは…

 

本当の歴史を知ら無いこと であります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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高子城址亀岡八幡様 旧暦八月十五日 祭り

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平成三十年九月二十四日

昼下がり

 

 

妻の仕事で行った

郡山の帰り

 

 

福島へ戻ってからの

自宅への帰路は

 

立ち寄り先の所在に沿いながら

予定していた訳でも無く

 

伊達市上保原(かみほばら)の

高子(たかこ)経由となる

 

 

 

高子城址の丘(岡)の直ぐ脇を

通り過ぎるときに

祭りの旗が立っているのに気付き

 

見上げれば

斜め上の方に人影が 数人

 

 

 

幼い私が大好きだった

此の丘…

 

山頂付近に鎮座して居られる

亀岡八幡様の お祭りの様子に

 

つい 嬉しさが

 

 

 

ひと月ほど前に 私は

 

この地にずっと居られる

古(いにしえ)の方々と 

其の心と

そして沢山の残された想いと…

 

時空を超え触れ合い 心通わせ

 

帰るべき処へと

光と成り帰って行かれるのを

見届けた

 

 

 

今も尚…

 

 

仙台藩 伊達家発祥の此の丘と

丘の北側と東側に広がる人里の

安寧を見守る 

 

亀岡八幡様の真意と

 

本当の日本の在り方を

本来の人々の在り方を

後世に残してあげたいと願う

 

里の民への慈愛や

素朴な思い遣りの心を

 

甚だ鮮明に 知らされたばかり…

 

 

 

 

なだらかで柔らかく

まるで朧な夢を見る様な

 

絵本の中の如き

淡き彩の 丘の参道を

 

私は嬉しさの余り

唯 ひたすら登った

 

 

妻と共に長い参道の石段を登り終え

八幡様の社で柏手を打ち 祈り

幼き日のお礼を述べ

 

 

気が付けば…

 

 

 

社の方から声がして

 

私よりは年長の男女数人の方々が

声を掛けてくれた

 

 

上がって

休んで行ってください と…

 

 

 

 

七十代の御仁が三人

そして 其の奥様たちが三人

 

色んな話をして下さり

 

 

 

ひと月ほど前に 丁度

私が把握出来たところの

此の地にまつわる様々な事柄や

 

 

高子地区に住まわれる

社のお膝元に永く続く氏子さんたち

全 六軒の方々の

 

秘めた特別な話も 盛り沢山

 

聞かせていただいた

 

 

 

奥様方の心を込めた

赤飯 けんちん汁をはじめ

 

数々の美味しい手料理を

腹一杯 御馳走になり

 

 

勿論 お神酒も…

 

 

久しぶりに 私は 夢心地であった

 

 

 

 

伊達家初代 朝宗様の話

 

十七代 伊達政宗様のこと

 

越後 上杉謙信様が此の辺りの土地柄と

どの様に関わっていたかの詳細について

 

 

などなど…

 

 

 

 

近頃 私と妻が

ご縁ある御神体様たちから呼ばれ

赴いた

 

一連の出来ごとの数々…

 

 

 

宮城の塩竈(しおがま)神社 様    

紫波彦(しわひこ)神社 様

 

同じく 青麻(あおそ)神社 様と

其の山神社 様

 

仙台 青葉城伊達政宗 様と

護国神社

 

宮城 岩沼の金蛇水神社 様たる

瀬織津姫

 

 

更には 米澤の上杉神社 様と

春日神社 様

 

 

私の家系が天災回避を始め

日常の萬の御祈願をさせていただいた

古くからの氏神様たる

旧伏黒村の羽山(はやま)神社 様

 

 

熱田神宮 様の分霊であり

田村麿が直に祀ったとされる

私の家系の戦さの守り神であり

古くからのもう一つの氏神様たる

旧伊達町 長岡郷の熱田神社

 

 

二歳の時 我が家が

長岡郷から伏黒郷に移り

私が幼少期に日頃から世話を掛けた

産土神様たる

天之御中主神様 高龗神様 闇龗神様を

御祭神とする水雲神社 様

 

 

福島県相馬市の相馬中村神社 様

 

 

信州の諏訪大社 様  四社様

 

 

遠野の早池峰神社

 

 

秋田の唐松神社 様

 

 

山形 南陽熊野神社

 

 

山形 鶴岡の出羽三山神社

 

 

茨城の高祖皇太神宮 様

御岩神社 様

平将門様が御祭神の国王神社 様

 

 

加賀の

瀬織津姫(せおりつひめ)神社 様

白山比咩(しらやまひめ)神社 様

と奥宮 様

 

 

娘の親友である

出雲国の大いなる能力者からの

御縁が今も紡ぐ 

出雲国 須佐神社

 

 

青森 戸来が丘のイエス

弟のイスキリ 様と聖母マリア 様 

ミユ子 のこと

 

 

岩手二戸の金田一温泉

心の友 親愛なる亀麿 ちゃん

 

 

そして 寺院になるが

 

 

神楽坂 善国寺の毘沙門天

 

上野広小路 徳大寺の摩利支天 様

 

山形 金勝寺の摩利支天 様

 

福島市の中野不動尊

 

江東区富岡の深川不動尊

 

仙台 秋保の秋保大滝不動尊 様

 

更には…

 

偉大なる坂東武

平将門 様と心通わせて頂いた

茨城の延命院 様

 

 

 

 

私が 今現在…

 

此の国を護る

尊い御神体 様たちの元で

意思の疎通をさせていただいている

 

大いなる先人たちのことばかりが

何故か…

 

世の中に不可欠なものだからか

 

神々様の御意志のままに

今此のとき

 

 

御仁たち 奥様たち

此の社の氏子様たちの話題として

のぼる

 

 

 

 

氏子様たちの

心温まる歓迎 は

単に 一期一会では無く

 

人が心から人をもてなし

それを紡いで行き

これから実りて行く必然性をも

 

しっかりと

心に刻み付けるものだった

 

 

 

胸が温かくなり それが体を巡り

私の体外へも大いに広がって行く

 

 

 

人の優しさとは

人の真心とは

 

そして 神々と共に生きるとは…

 

 

 

 

八幡 様についてだが

 

私たち日本人がどれほど

認識しているのか…

 

私は 此の国の人々に

本当の歴史と言うものを

 

もっと 知って欲しいと想う

 

 

願わくば 自分の足元を

より しっかりと見て欲しい

 

 

 

たった七十数年前のこと

 

大正生まれの若者たちが

命を捨てて守り抜いた 此の国を

 

ことごとく

駄目にして良い訳が 無い

 

先人たちの真心を無にして良い道理など

どこにも無い

 

 

 

いつも其の様に

私は 願って止まない

 

 

 

 

八幡 様とは…

 

 

古代日本 縄文の世から

日本全国 津々浦々

 

瀬織津姫(せおりつひめ)様 たる

白山菊籬姫(はくさんくくりひめ)様

別名 白山姫(しらやまひめ)様

が祀られていた処に

 

何故か八幡 様は位置する

 

 

 

ことの成り立ちについては

詳細とまでは行かないが

 

触りだけでも

簡単に 述べてみたいと想う

 

 

 

かつて…

 

太陽系宇宙から降ろされた者たち

十二支族

 

 

彼らエゴが強く 

其の考え方の癖を直すと言う学びの為に

地球に遣って来た十二支族の内

 

直接 古代日本へと来た者たち十支族

 

 

また 同種の者たちで

パミール地方に降ろされ

 

天族(あまぞく)として

陸路と海路の二手に分かれて

九州と出雲国へ入って来た者たち

 

 

そして 同種の者たちで

今で言う中東に降ろされた十二支族

 

西暦七百年頃にシルクロード経由で

二支族を残し

既に古代日本に住み着いている

同胞十支族を頼りに逃れて来た者たち

十支族

 

 

其れらとは別に

 

古代東ローマ始め

ユーラシア大陸から

東北と北陸へ渡って来た者たち

 

 

古代エジプトから

新羅(しらぎ)経由で

北九州へと渡来した者たち

 

 

此れら 太陽派の渡来人たちが

元より 月の元での暮らしに生きる

古代日本へと移り住み

 

自分たちの絶対神

ヤハウェ 様を祀るときに

 

 

古代縄文 白山王朝の象徴として

全国に広まっていた

白山菊理姫 様が祀られている処に

祀ったのである

 

 

菊理姫 様の大いなる御霊の内のひとつ

ヤハウェ

所謂 八幡 様として…

 

 

 

故に 其々の場所は

古代縄文の根本を

礎にしっかりと秘めながら

 

今日でも

其の広がりを失ってはいない

 

 

 

そもそも神とは宇宙の真理であり

法則であり

 

はたまた人間の生き方の導であり

其の息吹でもある

 

 

 

様々な御神体様たちは

人々と其れ等を繋ぐ存在であり

 

神さまと呼ぶものは

そもそも ひとつなのである

 

 

入り口は違えど 神さまとは

宇宙の真理であり法則でもあり

全て同じ処に辿り着く

たった ひとつの存在 

 

 

私はいつも そう想っている

 

 

 

 

話を戻したいと想う

 

 

 

因みに

高子城址の八幡 様は

 

伊達家十七代 政宗 様によって

 

同じ御霊が仙台市の亀岡町にも

祀られている

 

 

然しながら 

 

時の流れに依るものなのか

大きくきらびやかになればなるほど

源を忘れて仕舞う 世の常か…

 

現実 二つの社は別ものとしての路を

歩んでいる

 

 

 

 

氏子さんたちとの

楽しいひとときを過ごし

 

社をお暇するときに

 

 

 

この社に奉納する

絵の募集を 来年に行うので

 

貴方も奉納して欲しいと言われた

 

 

 

画家の私としては

とても嬉しい話であった

 

 

八幡 様から迎え入れていただいた

事実の大きさを

 

改めて感じることが出来た

 

 

 

私は六十年と少し生きているが

 

神さまからの心遣いが

こんなにも 嬉しいものだとは…

 

 

今生に生まれて良かったと

想えた 瞬間でもあった

 

 

 

 

 

 

「 高子城址の丘 」

 

 

 

爽やかなるときも

厳しきときも

 

里山

桃花の息吹が芳しく

 

 

いにしえの人の想いが

 

春を待ち

生きものたちの足音を待ち

 

咲き乱れる

 

 

 

此の地に集いて楽しげな

 

人のこころの安寧を

 

いつまでも いつまでも願う

 

 

 

新しい国造りとは

 

民の心に宿る

 

優しき 月の 灯りかな…

 

 

 

 

 

 

 

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将門 様 その優しさと 強さと

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少年の頃から ずっと

 

共感して止まない

 

将門 様…

 

 

 

その一貫した姿勢は揺るぎなく

 

相手に対する

 

深い思い遣りに終始する

 

 

 

今置かれている相手の立場が

 

どの様にあろうとも

 

 

物事の本質を見

 

目をそらすこと無く その者に相対する

 

 

 

然も 困っている弱きものを

 

どうして放っておけようか…

 

 

 

そもそもが

 

民の為に 為政者は存在する

 

 

民が幸せに暮らせるように

 

長(おさ)は 存在する

 

 

人民の不幸を見過ごすことは

 

出来ないと…

 

 

 

 

江戸時代の末期に 完成を見た

 

武士道…

 

 

武士(もののふ)とは

 

民に優しく

 

また 彼らを守る為に存在すると

 

 

その為に日頃から 文武を磨いておく

 

満を持して…

 

 

将門 様 が貫き通した

 

そう言った 人としての生き様が

 

 

江戸末期に 完成を見た…

 

 

 

私は 何時も

 

そう 想っている

 

 

 

 

今の この時代に 改めて

 

 

平将門と言う

 

一人の 坂東武士の 生き様を

 

 

 

 

偲んで 見たく…

 

 

 

 いつまでも 感謝…

 

 

 

 

 

 

 

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