我が心の大正浪漫

明治維新以降の日本は、古代から紡ぐ本当の日本人の意思とは違った歩みをしている様に想えてなりません。穏やかな風土と 天に通じる唯一の言語 日本語を持しながら、自らの良さを感じ取れない このもどかしさを、何とかしなければと想います。珠玉の武士道が 明治維新により一度は破壊され掛けた時に、この国に天使たちが舞い降りて来てくれました。天使たちは文学に勤しみ 芸術を愛し 教養を身に付け、その精神性を極限まで高め、大東亜戦争で散 って行きました。そして彼ら亡き後、日本は 今日の悲しき姿となっております。本当の日本を。

日人(ひびと)と五色人(ごしきじん)そしてマグダラのマリアとミユ子と…

f:id:toshi-kuma25317:20181215114220j:image                   画題「 日人と五色人                                                                そしてマグダラのマリアとミユ子と 」                                                                         油彩 F6号

 

 

戸来が丘にて想う

 

千九百十三年前

エス

妻ミユ子と共に辿った道は

 

私には…

マグダラのマリアと共に辿った

茨の道に想えて 仕方がない

 

茨の道…

 

それは上古十代のとき

常陸国に建立されし外宮へと

続く道

 

外宮とは五色人の魂 安らけく

永遠の安寧を願い

 

すめらみことの世を礎に

生き方そのものを

宇宙に繋げるものである

 

六十六年の歳月を費やし

すめらみことへの願い秘めた

こころ豊かに愛深き道のりは

 

父ヨセフ そして

母マリアの御神骨と共に

弟イスキリが託した想いをも

携えて歩む

 

現実としての身体には

過酷でありながらも

 

愛深きイエスと その妻にとっての

こころ穏やかなる 幸福への路だった

 

十三年後…

イエス・キリスト 戸来の地にて

百十ハ歳の 聖(きよ)し十二月二十五日

天へ召される

 

一説によれば

百六歳とも言われるが

 

紛れも無く

今からちょうど千九百年前の

百十ハ歳であった

 

この丘には穏やかな風が流れ

風は陽だまりと戯れながら

清々しく溶け合い

 

エスが本当に伝えたかった

ことを恰も

天使たちが 囁いている様だ

 

 

私たち人間は

そして 私たち日本人は 何故…

自分たちの ありのままの歴史を

知ろうとしないのだろうか

 

生まれるときの

神(宇宙の真理)との約束を

詰まりは 生まれる為の自己申告を

忘れることが

まま仕方のないこと だとしても

 

自分が何を求めて生まれ

日々 生きるのかを

どうして 考えないのだろうか

 

生きる為に生きている訳では

ないのだろうに…

 

目の前の無難だけを是とするならば

人として…

 

悲しいかな

自己愛に縛られ生きるのは

動物である

 

そのことさえも

魂の進化の過程であることを想えば

 

鉱物 植物 動物にとっての

至極 当たり前のこととして

捉えるべきであろう

 

私たちは人であり

人間であるべき ものを…

 

その上で いつのときも

 

皆んなの そして全ての

詰まらない境い目が 無くなるように

自身と他人の境い目 さえも…

 

物ごとを楽しく見る楽観こそ

誰しもが 自らの魂を守る

最大のセキュリティであることは勿論

 

わくわくすることを忘れずに

これからに希望を持って

生きていれたなら

 

然も 自分にも

周りに存在するもの全てに対しても

謙虚に生きて行けたなら

 

自身も周りも幸福である と…

 

 

 

 

戸来が丘より

 

そして 常陸の地より

 

愛を 込めて…

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:toshi-kuma25317:20181215112537j:image                              画題「 戸来が丘 」 未完   油彩 F30号